法律

プライバシー権について

プライバシー権の保障

 憲法にはプライバシーの権利についての規定は存在しません。

 しかし、憲法制定後の社会の変化に伴って、当初想定されていない権利の重要性が認識され、保障が必要な権利の内容も時代と共に変化しているため、現在は、憲法14条以降に規定された個別の権利規定は、憲法制定当初に重要と思われたものを列挙しただけで、新しい人権の保障を排除する趣旨ではないと考えられており、一定の法的利益については、憲法13条を根拠として具体的権利であると認めるのが一般的です。

プライバシー権の根拠

 では、プライバシー権の保障はどのような根拠に基づいているのでしょうか。

 そもそも、プライバシー権は、マスメディアの発展による情報流通の拡大に伴って、私生活上の利益をみだりに公開されない保障を内容とする権利として確立され、個人が人格的に自律して社会生活を送るための他人から認識されない生活の保障であると考えられています。

 ただ、現代社会では、情報技術が進化し、公権力や大企業が個人情報を大量に収集・管理しており、単に私生活を公表されない利益を保障するだけでは足りず、プライバシーの権利を、自己に関する情報を自分の方からコントロールできる権利と解釈することが一般的になりつつあります。

プライバシー権を認めた裁判類型

 プライバシー権にはどういった類型があるとされているのでしょうか。一般的には、次の類型があると判例も認めています。

①どんな人も、本人の承諾や正当な理由もないのに、勝手に容貌や姿を撮影することは許されないとする肖像権が保障されています。

②国家機関が正当な理由もなく、指紋を採取することを強制することは、許されないとする、指紋押捺をされない権利が保障されています。これについては、日本に在留する外国人にも等しく保障されています。

③大学が講演会への参加者名簿を無断で警察に提供したことについて、プライバシー侵害による不法行為責任を大学に追及することができるとしています。

個人情報保護法の制定

 プライバシー権利についての判例の形成と、個人のプライバシーの保護の要請の高まりにより、平成15年には、個人情報保護法が制定され、公権力や企業が個人の情報を大量に収集・管理する現代社会における個人情報保護の要請に沿った法整備がされました。

 そのため、プライバシー権の保障が昔より一層進みました。

プライバシー権と他の権利との衝突

 プライバシーの権利も、絶対無制約の権利ではないため、他人の正当な権利や利益と衝突する場合には、権利と権利の間の調整をする必要があります。

 権利と権利が衝突する調整の場面では、「公共の福祉」という概念によって、必要最小限の範囲で権利が制限されることが憲法には規定されています。

 プライバシーの権利は、性質上、他人の表現によって暴露されることや、プライバシーを知りたいとする周囲の興味本位などにより、侵害されることが多いとされています。

 一方でそれらの表現行為や知るための活動は、表現の自由や知る権利の一環として保障されています。

 そのため、プライバシー権と表現の自由や知る権利とは衝突することが多く見られます。

 表現の自由は、個人の人格の発展に関わり、民主主義の基盤に関わる重要な権利ですので、プライバシー権と表現の自由の調整には、その表現により相手方が被る不利益の態様・程度、表現の自由が制約される不利益とを比較して判断することになります。

 そこで、表現の自由や知る権利との衝突の場面では、判例はプライバシー権と表現の自由や知る権利との間の利益の比較によって、衝突の調整をはかっています。

 では、判例はどのような調整を図って、プライバシー権が具体的に問題となった事案について判断をしているかを最後に見ていきたいと思います。

【類型1】損害賠償と謝罪広告の場合

 既に行われた表現によってプライバシーが侵害されたと主張して、謝罪広告や慰謝料の支払を求めた事案について、裁判所は、表現行為によるプライバシー侵害の不法行為が成立するためには、次のような要件が必要であるとして、結論としては損害賠償請求を一部認容しました。

①公開された内容が私生活上の事実そのものであることや、私生活の事実らしく受け取られるおそれがあること

②一般人が受け取る感情を基準にすると公開してほしくないと思える内容であること

③一般人には知れ渡っておらず、公開することで実際に不快、不安の念を与えたこと覚えたこと

【類型2】前科の公表

 ノンフィクション作品の出版物の中で、実名をもって前科が公表されたとして、裁判所は、次のような要件で、慰謝料の支払を求めました。

 前科事実を実名と併せて公表することが不法行為になるかどうかは、その者のその後の生活状況、事件自体の歴史的・社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動・影響力について、出版物の目的、性格に沿った実名使用の意義・必要性を併せて判断した上で、前科の事実を公表されないという法的な利益が優先される場合には、公表によって被った精神的苦痛の損害賠償を求めることができるとしました。

【類型3】出版物の差し止め

 出版物によってプライバシーが侵害されるとして、出版物の出版や販売の差し止めを行う場合、出版するという表現の自由に対する非常に強い制約効果があるため、より慎重な判断が必要であるとされています。

 侵害の対象となった人の社会的地位や侵害の性質に留意し、予想の侵害によって受ける不利益と侵害を差し止めることで受ける侵害者の不利益を比較することになります。

 出版による侵害が明確に予想され、重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、事後的な回復が不可能か著しく困難であるときは、差止めは認められます。

 逆に事前の差止めを認めなければならないほど重大で著しく回復困難な損害が発生しないときは、差止めを否定することになります。